
洗心術(気のトレーニング)とは、早島妙瑞道長、早島妙聴副道長と対話をすることによって、頭の切り替えを行う方法です。師と対話することによって、自分を縛っていたこだわりや我執に気づき、そしてそれを放すことで、素直な考え方や無為自然な生き方を身につけていこうというものなのです。
仕事や人間関係の悩みなどで前に進めないでいるあなた、洗心術で心をほぐしてみませんか。そして本来のあなたを取り戻して、前向きな一歩を踏み出していただけたら幸いです。


日本道観では、中国、老荘思想に基づく道家の生き方「無為自然」を学び実践しております。そしてどなたにでも簡単に学べるように「導引術」「動功術」「洗心術」という、体、動き、心の3つの気のトレーニングから、無為自然の生き方の習得の場を提供させていただいております。そして、これは新たな考えを植え付けることではなく、人間が赤ん坊のころから持っている素直な、自然な生き方に、本来の自分自身に戻ってゆくことなのです。
そのために、日本道観でよく使う言葉が「放す(ほかす)」と言う言葉です。
それは、人間が成長する過程でいやおうなく身につけてしまった、常識や観念をもう一度「放す」。つまり、そういったことに捕らわれないで、本来あるべき姿に戻ることなのです。
日本道観では、人間も、私たちの周りにあるすべての物と同じように、宇宙の一部であると考え、そして宇宙の一部だからこそ、私たちが心も体も自然な状態にあれば、その気は調和して、健康に楽しく生きてゆけると考えるのです。
例えば、日々の都会の喧噪を離れて、自然の中に身をおくと、忘れていた優しい感情に満たされたり、鳥のさえずりや川のせせらぎの音を聞いていると人間の理屈を越えた大きな暖かい気につつまれて飲み込まれてしまうような感じになることはありませんか。
こんな気持ちになっているときは、小さなことに腹を立てたり、上司の悪口を言うような気にはならないですよね。
結局これが宇宙と一体。 無為自然の心といえるのです。
では、日々の忙しい生活の中でどのようにして無為自然の心でいることができるのでしょうか。そのために日本道観では、師との対話、「洗心術」という講座があります。
洗心術とは師との対話で心を洗う、気のトレーニングということなのです。
心を洗う、文字通り、心の中の我執(自分の我にとらわれて生き方を狭く窮屈にしてしまうこと)を放して自由になることが、宇宙と一体となることにつながると考えるのです。
では、心の悩みはどうしておこるのでしょうか。
道家では心の悩みについても次のように考えます。
体が自然な状態にあれば、体の健康が保てるように、心が自然な状態にあれば、心の悩みもなくなると考えられます。
そして、なぜその悩みが出てくるかと言えば、結局のところ自分自身に原因があると考えます。つまり、その人の心にできたこだわり(我執)があるためで、このこだわりが悩みや病気を生じさせ、自然に楽しく生きてゆくことを妨げているともいえるのですね。
たとえば欲です。道家では欲は悪いとはいいません。欲があるからこそ、満たされた喜びもあるのです。ですが、その欲に振り回されるようになってしまったとしたら、それは我執といえるでしょう。我執が生じると、本来満足できるはずの欲にも満足できなくなり、不満はつのるばかりとなります。
人間は、本来陽性の生き物なのです。その証拠に、赤ん坊を見ていると、ちょっと鼻をさわられたり、頬をなでられたりすると、にこにこ笑って嬉しそうに反応しますね。お腹がすけば大声で泣いて知らせ、お乳を飲んで満足すると、すやすやと眠ってしまう。何のくったくも無いのです。
そして、この赤ん坊のような屈託の無い状態が、本来の最も自然な人間の姿だと考えるのです。
そして、気のトレーニングにより心と体の滞りをとって、赤ん坊のような屈託のない、無為自然な生き方を身につけて、より楽しく自分自身を生かし、人生を開いていただけますよう、日本道観一同願っております。
洗心術(気のトレーニング)について
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